Findhorn Experience Note フィンドホーン体験記 Part-1

<きっかけ、そしてはじまり>

私のフィンドホーン体験週間は2004年の夏。既に、何年も経ちながらその一週間の体験で得た
感覚は今でも鮮やかに私の中で確かに生きている。

母が2000年に体験週間に参加し、その翌年からツアーを開始していたこともあり、私にとって
フィンドホーンは決して遠い存在ではなかった。いつか行こうとぼんやり考えていたのが、突如
行くと決意したのは、2004年の初めに東京で行われたワークショップでフィンドホーンの重鎮、
イアン(ネイチャーサンクチュアリーを作った人)とロージーに出会い、シンプルで温かみの
ある二人のオーラにすっかり魅了されてしまったから。この二人が創設期関わったというその
場所に行ってみたと思ったのだ。

その帰り道には、今年の夏はフィンドホーンだ!と決めていた。

企画されていたツアーと私の休暇の日程が合わず、チャレンジだったけれどインターナショナル
の体験週間に行くことにした。早速、フィンドホーンのウェブサイトからの申込み、作文を提出。
飛行機も予約し、アバディーン空港からの行き方やロンドンでの宿など次々と調べては手配して
7月の終わりの計画なのに、2月にはもう準備が完了していた。

体験週間の前後1泊ずつはイアンとロージーのB&Bに泊まることにした。きっかけをくれ
た二人の所に始めと終わりに滞在することが、自分にとっては一つの大切なセレモニーのような
気分だったからだ。そして、実際にとても良い時間となった。

7月31日の朝、B&Bの朝食の席で同じ体験週間に参加するイギリス人のアニーと出会った。
とても早口でおしゃべりな彼女と、少々冷や汗をかきながらお互いの身分を明かし今の気分を
分かち合った。

“Nervous, but exciting !”(ちょっと不安もあるけど楽しみだわ)の一言に私も安心する。
全く同じ気分だったからだ。彼女は高校の社会科の先生、38歳独身。すぐに仲良くなった。

ロージーに連れられ、財団のコミュニティーセンター(CC)に行き、一番乗りでレジストレー
ションを済ませた。フォーカライザー当時のスタッフとしてフィンドホーンに住む日本人の邦江
さんとスコットランド人のイアン。いざという時には日本語でOK!これには正直ほっとした。

レジストレーションが済んでからしばらくはのんびり。アニーと話の続きをしたり、次々に訪れ
るグループのメンバーと挨拶したり。自分の心の感じるままにいられる時は、楽な気分で英語も
出て来る。ふと、なんかこの感じは新鮮と言うよりも懐かしい感じだと思った。かつて、一人で
海外を旅していた頃に時々出会った居心地のいい宿。世界中の旅人が噂に聞いてやって来る宿と
同じ空気が流れている。

ここに集う人はここを選んで来ている人達。だから最初からオープンなんだな。皆、何かを積極
的に求めてはるばるここへやって来る。「仕方なくいる」感覚で集う場所とは全く違う空気。
良い悪いという問題ではなく「楽」という気分。私はあっという間にこの空気の中に溶け込んだ。
すれ違う人達みんなと笑顔で挨拶を交わす。かつて訪れた北インドのヒマラヤ地帯にある小さな
村を思い出した。久しぶりの開放感にわくわくして来た。

午後、ユニバーサルホールの隣にあるパークレクチャールームが私達のミーティングルームと
なる。木立の中にあり、部屋の半分がサンルームのようにガラス張りになっているため木漏れ日
が部屋の中に入って来る。なんとも心地のいい空間。ここで私達の体験週間が始まるのだ。

イントロダクション。まずは、なぜここに来たのか、ということを思い描きながらの瞑想。
そして自己紹介と最初のシェアリング。

私達のグループは全部で16人。イギリスから5人、アイルランドから3人、デンマークから
3人、オランダ、ベルギー、ドイツ、イスラエルそして日本から1人ずつ集まった。年代は圧倒
的に30代が中心で、40代と孫がいるという50代が2人ずつ。夫婦で参加している2人と
50代の2人以外は見事に皆独身の30代と40代。たまたまなのか、これが世界の標準で精神
世界に目を向ける年頃なのか定かではないけれど、こうした人々が集まったのだ。

ここに来ることになったきっかけはみな様々で、何人かは既にいろいろななワークショップや
カウンセリングなどを経験してここにたどり着いたと言う。50代の2人は実際に精霊とのコン
タクトが出来る人達で、アイリーンやドロシーの本を読んで自分が行くべき所だと思って来たら
しい。夫婦で参加した旦那さんのほうは何が自分に起こるのか分からなくてとても怖いけれど、
どうにでもなれという気分で奥さんとやって来たとのこと。3人の人が今の自分の生活はストレ
スに満ちていて、もうこれ以上このままでは生きて行けないと叫ぶように話した。自分と両親と
の関係について話す人もいれば、自分の中の怒りについて語る人もいた。本当に様々な背景を
持って私たちはここに集まったのだ。

私が今回ここにやって来たのはなぜだろう。その時改めて考えてみた。いつか行こうと思っていた….
ロージーとイアンに出会ったから?ここしばらく変わり目に来ている自分を励ますため。新しい
ことを始めるための充電・・・そのようなことをその時は話した。でも、それだけじゃない、
そんな気がしてならなかったが、その時は分からなかった。

<最初の贈り物>

翌日、早朝に目が覚めネイチャーサンクチュアリーに行ってみようと思い立った。まだ、みんな
寝ている中、一人でそっと外に出た。ネイチャーサンクチュアリーは運良く誰もいなかったので
一人で瞑想することが出来た。窓に向って心を静めながら座っていると身体がぐるぐると回り出
した。丹田のところからまっすぐ上に身体が伸びて振り子のように回る。レイキを受けてからこう
いうことが度々起きるようになった。しばらくすると、もう満タンですよとばかりにカクンと止まる。
終わったなと思って目を開けると、窓の外にバンビ!!じっとこちらを見ている。7人の小人達が
出て来そうなこのサンクチュアリーで、窓の外にはバンビならぬ野生の鹿。出来過ぎのようだけど、
ホント。一瞬、あまりの感動に動くことが出来なかった。またしても、エンジェルの贈り物に
ふわーとハートが開いた。

 <いよいよプログラムが始まった!>

その日の最初のグループスケジュールはユニバーサルホールでのセイクレットダンス。これは何度
も日本で経験しているので慣れたもの。ダンス好きの私は朝から楽しみだった。私達のグループに
イタリア人のグループが加わり、ロージーとイアンがサポートに来て賑やかになった。最初はいつ
もの挨拶のダンス。ギリシャ民謡に合わせて一人一人にアイコンタクトをして挨拶をする。いつも
最初にやるので照れくさい踊りだ。

欧米の人とはいえ、やはり皆照れくさそうに目を合わせていた。みんな一緒なんだなと思ったら、
突然予定外に涙が出て来てしまった。そう言えば、母も泣けてしまうと言ってたなと思ったら更に
出て来てしまう。なんだろう…こうして人が出会い目で挨拶すると言うのは当たり前なことのはず…
でも実際はこんなに安心して目と目を合わせられる場面はあまりないのかもしれない。この辺りか
ら私の涙腺は緩くなりはじめた。

昼食後はメインサンクチュアリーでエンジェル瞑想。この一週間自分と共に歩んでくれるエンジェル
と、グループのエンジェルに出会う時間。私には“Purification”(浄化)がやって来た。最初は
ピンと来なかった。しかし、自分のシェアリングの番が来た時に、まず瞑想中に浮かんだ「ここに
いることに感謝する」と言葉を発した途端に涙があふれて来た。考えるよりも先に“Purification”
が始まったようなもの。恐らく後から、このエンジェルの来た意味が分かることになるだろう。
自分でも気づいていない何かが外へ出たがっているのかもしれない。それを待ってみよう…。
そして、私達のグループエンジェルはなんと“Love”。それを聞いた瞬間にグループに電流が流れて
一体になった感じがした。みんなが感動し、全員がそのエンジェルが来たことを納得しているよう
だった。これが言霊なのかもしれない。それからのシェアリングや共同生活は全て“Love Angel”に
いつも見守られているようだった。

グループエンジェルが決まり、次は“Love in Action”(共同作業)のアサイメントを兼ねてクルー
ニーヒルカレッジまで出かけた。お天気も良く、爽やかな風がクルーニーヒルに吹いていた。一通り
建物の中や庭を見学した後、サンクチュアリーで各自が働く場所を決める。私はカランガーデンで
働くことになった。

私は、正直最初から野菜畑で働きたいなと思っていたのでエンジェルの声を真剣に聞くまでもなく
カランガーデンに手を上げたのだが、中には厳しいエンジェルもいて、一切家では料理をしない人が
「エンジェルが私に言うのよ~」と言いながらキッチンに申し込んだり、「私も同じよ」といいながら
ホームケアに入る人がいた。

これは後日談で、「私は実はエンジェルの言うことを無視してガーデンにしちゃったの。そうしたらね、
色んなことが上手く行かないのよ!ごめんなさい!」と嘆く人も。別の一人は「エンジェルがいつも、
あなたの仕事はこれじゃない・・・と言うの・・・」と言いながら、仲間が働いている処に来ては休憩
時間に誰かを捕まえて深遠なるスピリチュアルな世界について話し込んだりするため、さすがに途中で
フォーカライザーに注意を受けていた。そう、エンジェルに責任を押し付けて、他の人に与えられた
体験の時間を邪魔してはならないのだ。

日が沈むのが10時くらいになるためか、最初の2日間は随分長い間フィンドホーンで過ごしているよ
うな気分だったが、皆も同じことを言っていた。時間の軸が日常から離れて密度がとても濃くなっている。
同じ時間でありながらも、一瞬にして心の深いところまで到達する経験が時間の枠を超えるのかもしれ
ない。そんな感覚が3日目ぐらいまで続いた。

<Love in Action>

3日目から午後はそれぞれのワークディパートメントに別れて仕事をする。前述のように私はカラン
ガーデンで働いた。スタッフや、長期間のプログラムで滞在している人達のリードで仕事が進む。
その日その日の仕事の内容が説明され、軽い瞑想をしてから自分のしたい仕事のリーダーにつく。
それがいつも、それなりに上手く行くから面白い。そして畑に入る前も軽く瞑想。一人一人のその時の
気分を簡単に伝えてから仕事を始める。この小さな儀式は一日のプログラムを始める時、シェアリング
の前などあらゆる所で行われる。グループの面々は集まればまず輪になって手をつなぐのが当たり前に
なっていた。手をつなぐのもなかなかよかったが、何よりも私はその時の気分を正直に言って良いという
コンディションがとてもいいものだと思った。

今、少しいらいらしている、朝から忙しくて騒がしい気分、あるいは、今日はとてもいいことがあった
からすごく気分がいい…など感じたままを言えるということが、またそれをジャッジされないというこ
とが、こんなにも自由な気分にさせてくれるとは思わなかった。人はいろんな感情を抱く。それが人と
して生きている営みとも言えるだろう。子供のときは、それをそのまま出すことが許されていた。でも
いつしか、周囲を考えながら言うべきことを言うようにならなくては大人ではないと言われるようなる。
もちろん、それも大事なこと。感情の垂れ流しがいいわけではない。でも感じたことをそのまま表現出
来る場があってもいいのではないかと思う。

感じたままを表現してそれがジャッジされずに流れて行った時、その感情はリリースされる。時には
知らずに誰かを救っていることもある。自分が救われているように。そんな人の心の波をせき止めるこ
となく、その潮の満ち引きを見つめることが出来たなら、私達は本当に平和に暮らせるのかもしれない。

雑草抜き、ビニールハウスの藁床づくり、そして収穫とどれも私にとっては楽しい仕事ばかりだった。
合計3時間の中で30分がお茶タイム。仕事中も皆、話したり歌ったり。リラックスしながらの作業
だった。畑の作物の豊かさやガーデンの美しい環境もさることながら、私が最も感激したのが道具類の
扱い方だ。毎日作業が終了すると道具に付いたドロを掃い、オイルを染み込ませたタオルで拭いてから
仕舞う。名前のついたリヤカーも然り。当然、道具も長持ちするし次に使うときに気持がいい。
フィンドホーンでの常識はこうすることで「道具」が自ら仕事をしてくれるのだそうだ。なるほど、
職人さん達が道具を分身のように扱うのも、こういうことを彼らは感じているからなのだろう。

使うものに名前がついているのはリヤカーだけではない。掃除機にも洗濯機にも乾燥機にもバスにも、
それぞれトーマスやグレース、ペガサスと名前が書いてある。すると単なる道具や機械ではなく
血の通った生き物のように人格ならぬモノ格を感じられるから不思議。当然扱いも丁寧になるし、と
なれば故障も少ない。エコの基本だ。

カランガーデンでの仕事は木曜日の午後で終了し、金曜日は一日だけパークのキッチンに行くことに
なった。木曜日の仕事が終わった時、各自1枚ずつブレッシングカードを引き、最後のシェアリング
をする。私のカードは、またしても“Purification”!ここでも出会ってしまった。今回は涙よりも、
やっぱりこれなんだ、という確信の方が強かった。何が浄化されたのかまだわからない、でも確実に
私の潜在意識がそれを行なっているのだろう。

<クリエイティブ・スペース>

Love in Actionが一日お休みになる日があって、その時間はグループで行う“クリエイティブ・
スペース”になった。この時間は我々がやることを決めていい時間。先にそれぞれの提案を聞いて皆
で決める。絵を描きたい!と言う人が多く、邦江さんのアドヴァイスもあり絵を描くことになった。
ただ、それぞれが絵を描くのではない。まず、輪になって座り、画用紙に自分の名前とエンジェルを
記す。瞑想の後で、先ず自分のイメージを描く。それを隣りの人に回しながら、今度はその人がその
紙に描かれた人のイメージを足していく。自分の所に戻って来た時には、自分以外の人全てから自分
のイメージが贈られている。これはとても面白かった。その人をイメージしながら描くことも、
そして受け取ることも。

私の画面には黒髪の女の子や、♪、楽しげに踊っているイメージや大きなグリーンのハートと蓮華座、
そして無限大のマークがあった。一つ一つがギフトだと思った。その人を思って描いている時、そこ
に本当にその人を愛しく思いながら描いている自分がいた。なんだかとても素敵な気分だった。こん
な形での愛の表現もあるんだな。皆、最後に完成した「その人」をみんなに見せながらシェアリング
をする。オランダ人の女優さんアンケは「自分」を見た瞬間の言葉にならない感動を、歌った。
(歌詞を歌うのではなく、お腹からの発声で)そのバイブレーションが空気を伝わって私の体にも響く。

鳥肌が立った。表現は本当に自由なんだ.

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