Findhorn Experience Note フィンドホーン体験記 Part-2

<フォレスの町のリフレクソロジー>

木曜日の午前中はフリータイム。それぞれに過ごす。私は外の空気を吸いにフォレスの町に出た。

帰国後リフレクソロジーを勉強しようと決めていた私は、CCで見たフォレスにある“Health Works”
でリフレをやっているブライアンに予約を入れ、ファンデーションの前からバスに乗って出かけた。
町の中心にバンク・オブ・スコットランドがあり、その裏の路地を少し行った所にあった。ブライアンが
迎えてくれ、施術の前に少し話をする。この場所はフィンドホーンに住むドクターが作ったのだそうだ。
代替療法や補完医療を広く広めるのが目的。フィンドホーンの中だけで完結するのは本来ではないと、
敢えて町中に作ったのだそうだ。当初は懐疑的だったこの地域の人々も、いわゆる西洋医学では経験しな
い心地よさや効果を認め始め、結構最近は流行ってるとか。アロマセラピー、指圧、アレキサンダーテク
ニック、オステオパシーにホメオパシー…私がここの所興味を持って本を読んだりネットで検索したもの
ばかり。あれもこれも時間があれば試してみたいと心から思った。

ブライアンも16年前に体験週間を受けたそうだ。当時、映画やテレビの製作の仕事をしていたが、身体
を壊したのがきっかけでレイキに始まりリフレクソロジーの勉強を始めて10年。フィンドホーンはとて
も好きなのでグラスゴーからここに越して来たけれど、中にいるよりも外にいたいと思って技術を身につ
けたそうだ。経絡の知識もあり、彼の施術はダイレクトに五臓六腑に効いた。最後にレイキもお願いして
計一時間半25ポンド。日本より若干安いくらいだ。体をリラックスさせてくれたと同時に、背中も押さ
れた気がした。

<ゲストを招いて>

夕食後4日間はファンデーションに住むフィンドホーンのメンバーを招いてテーマごとに話を聞いたり、
実際にワークショップを行なったりする。2回目の時に、自然界の精霊と交信できるクリスチャーンが
やって来た。彼女は昨年の秋、日本で母が主催したワークショップで会っていた。童話に出て来る妖精
のような彼女の話がとても楽しみだった。のっけから、早速みんなでここに精霊を呼んでみましょうと
いうことになり、彼女の誘導で瞑想をする。とても力強いリードで自分の身近な木の精霊を呼ぶことに
なった。彼女の強いエネルギーを感じた。でも、私は自分の所に精霊が来ているとは感じられなかった。

途中、気持良くなって多分少し寝てしまったように思う。瞑想が終了した後でシェアリングをする。
私は聞く人になることにした。デンマークから来ていたピルは自分の家の前にある白樺の木のことを思
い浮かべていたら、肩の辺りがとても温かくなったと言った。すると、クリスチャーンが「あら、だって
その白樺の精霊があなたと一緒にここまで来ているみたいよ」と。その途端にピルの顔がふわあっと
明るくなり、笑顔が輝いた。みんなも、わくわく感に満たされて一人一人彼女の肩の辺りの空間を手で
触ってみる。私もやってみた。確かに温かい空気の塊があるようだ。ピルは心からその精霊を歓迎して
いた。私も彼女の肩にちょこんと座っている白樺の妖精を想像してなんだか彼女がとても愛しかった。
本当にその妖精がいるかいないかは正直わからない。想像でしょと言われればそれまでだ。でも、その
時に彼女の心が輝き、喜んだことが何よりも大切なことのように思う。そして、その笑顔にこちらも笑
顔で反応する、そのことが。目に見えようが見えまいが、それを証明することなど何の意味もないと思
えるほどに、彼女の笑顔が素敵だったことが何よりの真実なのだ。

3日目はこのフィンドホーンでみんなどうやって暮らしているのかと言うとても身近な話。

まずは、我々から質問をして、それに一つ一つ答えるという形で進んで行った。辛らつな質問も色々出た。
なぜ、ファンデーションの車はエコカーではないのか、とはドイツから来たミリアム。ここにいる人達の
収入はいくらか、コミュニティのマネージメントはどうしてるのか、けんかはしないのか、洗脳行為は
ないのか等など、皆この数日間に自分達の生きる世界と比較しながら、疑問に感じていたことが次々と
出て来た。まだ、この場所が「現実」として受け入れられない感覚がどこかにあったのかもしれない。
しかし、そんなことはお見通しだよ、とばかりに、この日のゲスト、スペイン人のマリアとイギリス人の
ガイは一つ一つに丁寧に答えて行く。全ての答えの元となっていることをまとめれば、つまりここにいる
人達は皆、ここに暮らしたいと思って暮らしている。だから、とても丁寧に暮らす。

世界中から人々が集まれば、お互いの習慣や信条、美意識も違う。その「違う」ことがまず大前提になり、その中で平和に暮らすにはどうしたらいいかと試行錯誤を繰り返している。違うからこそ「当然」という答えはなく、それぞれがオープンに自分の考えや感情を表現できる場を大切に守ることが、日々我々が努力していることなのだ、ということだった。人々が仲良く暮らせるのは、気持だけではなく実際の労働の分担や経済活動も重要な要素。ファンデーションが雇えるスタッフは限られており多くの人が自分で収入を得る手段を持っていると。マリアは最近ここで知り合った人と結婚しファンデーションの中で暮らしている。彼女は、ともかくここに住みたかったそうだ。ある人からのアドヴァイスもあって、住むのはここでも外の世界とのコンタクトを持つことが大切だと、近くの町の病院で看護師をしている。ガイはファンデーションの経理担当。彼はもう10年もここに住んでいる。10年前に体験週間に参加し、来た時と帰る時では全く違う自分になっていたそうだ。迷わず、全てを処分してファンデーションにやって来たという。しばらく・・・が気付いたら10年というわけだ。

もしかしたら、この日の話が最も私達とフィンドホーンを繋いだのかもしれない。体験週間半ば、
一体私達はここを現実と受け止めていいのだろうかと、どこかで考えていた時に、ここで暮らす人達の
目線が我々とさほど変わらないということを知る夜となった。

4回目は翌日が終了の日という前夜。この夜はそろそろ家に戻ることを考え始める私達に、この体験
週間で得たことをどうやって、自分の日常に活かして行くのかということを見つめる内容だった。

まずはゲストの話が少しあってから誘導瞑想をする。その後で隣の人と短いシェアリングをする。
私の隣は邦江さんだった。久々に日本語でのシェアリング。でもこの時邦江さんが隣にいたのは偶然
ではないと思った。最初の一言を発した瞬間に涙がぽろぽろ出てきた。この時、自分が海外の放浪から
戻って来てからの10年間を初めて振り返り、自分が自分をずっと許して来なかったということに
気づいたのだ。それは、多分「日本」という社会を知る人が相手だったことと、日本語だったことが
この気づきにコネクトしたのだろうと思う。「挫折感」をずっと抱えて来たこと、自分を認めてもらう
ためにもがいて来たこと、自分の「失敗」を責め続けて来たことが、心の奥深い場所から表に出て来た。
そしてグループでのシェアリングの時は、はっきりと、もう、そんな自分に戻りたくないと私は言って
いた。涙が止まらなかった。次々にみんながハグしてくれる。号泣するばかりだった。この時、やっと
私のエンジェル、“Purification”が私に微笑んだのだった。カードの絵のエンジェルのまわりには沢山
のしずくが描かれている。この涙がそのしずくということなんだろうな。今、この10年間、頑張って
来た自分を心から愛しく思える。そして、お疲れ様!と言ってぎゅっと抱きしめてあげたいと思う。
ああ、やっと許してあげられたと思った。なんだか、大きな手術をしたような気分になり、
しばらくぼーっとしてしまった。

<コンプリーション-最後のシェアリングとリリース>

金曜日の朝、目覚めてダイニングに行くと夫婦で参加している奥さんのマーガレットが、一心に何かを
書いていた。険しい表情で何かを掴み取ろうとしているように見える。彼女は昨日の夜のシェアリング
でブラックアウトとなった。何が起きたのかは良く分からなかったが、(私も“浄化”の最中だったこと
もあり)彼女はミーティングルームから少しの間外に出て、そこで泣いていた。恐らく、自分でも何が
出て来たのか分からなくて今日の最後のシェアリングの前にそれを解明したかったのだろう。
彼女だけでなく、その朝は他のみんなもどことなく静かで自分の心に向かい合っている様子だった。

いよいよ、最後のミーティング。

今日、ここに来るまでのこの一週間の道のり、あるいはそれ以前からの歩みを見つめながら瞑想する。
最後はトーキングストーンをまず話したい人が取り、それを次に話す人へと渡して行くかたちでシェア
リングが進められる。デンマークから来ていたビビアンが先ず最初に石を取った。感謝の言葉がちりば
められた彼女のシェアリングに皆が感応した。彼女はここに来たことで初めて、お母さんを許すことが
出来たそうだ。時に怒りをあらわにした彼女。滞在中にお母さんと電話で話し、これまで自分が感じて
来たことを初めて話すことが出来たのだそうだ。彼女は全てのものに感謝していた。そして帰ったら
今一緒に居る彼と子供を育てて行く自分を想像していると語った。朝、日記を書きながら自分の心と
向かい合っていたマーガレットは、正直何が自分に起きているのかはまだ分からないし、光に満ちた
晴れやかな気分ではなく、自分の中の闇をいま感じていると。ただ、グループの仲間達との触れ合いは
愛するということとその素晴らしさを思い出させてくれたと。これからも答えを求めて行くつもりだと
話した。常に正直でまっすぐな言葉で語る彼女は、最後まで正直なシェアリングをしてくれたと思う。

邦江さんのシェアリングは歌だった。自由な魂をもって旅に出ようよ、という歌の後にトーキング
ストーンが私に渡された。私は、すでに大手術を終えた脱力感を持ちながら精一杯の感謝の気持を伝
えた。帰りたくないという気持がずっとあったのに、邦江さんの歌のお陰かこの時は、帰ってからが
とても楽しみだと、口をついて出て来た。一人一人のシェアリングは深く、そしてとても感動的だった。
もう身構えることなく、自分の心に素直になり、そして涙も流れた。とても美しい瞬間だった。
皆、親しかったはずの、でもいつのまにかどこかに隠れてしまっていた「自分の心」に改めて出会って
いた。

最後のセレモニーは、それぞれがこの1週間ともに歩んだ自分のエンジェルと、そしてグループエン
ジェルを解放する。1週間私達が使った部屋も片付けて次に来るグループの為にお掃除をする。一つ
一つの儀式を通してこの1週間を手放していく。最後に部屋を出る前に一人一人とのハグ。

これは、なかなか終わらなかった。

<ゲストロッジの夜>

毎晩寝る前は、大方のメンバーがゲストロッジのダイニングルームに集まった。プログラムが始まった
夜は丁度満月。何人かは、ホットタブ(露天風呂)に入りながらお月見を楽しんだ様子。私は翌日の
十六夜を眺めながら寝る前のひとときを過ごした。週の半ばにアイルランドから来ていたジョゼがおも
むろにギターを弾き始めた。ブルースが得意な彼が気持良く歌い出すとつられてみんなも歌い出す。
お決まりで、日本の歌も歌え~と言われ数少ないレパートリーを披露する。ビートルズになれば全員で
合唱。体験週間の中で最もリラックスした時間だった。それからはほぼ毎晩ギターが鳴っていた。日ご
とに、みんなが無邪気になって行く。話す内容も最初の頃は結構カッコつけて話していたのに、からか
いあったり、下ネタで盛り上がったり…なんだか兄弟姉妹か学校の同級生みたいな気分になった。それ
ぞれに、ここへ来るまでに色々なことを抱えて来たとは思えないような笑い声がいつも夜更けまで続い
ていた。

最後の夜をどう過ごすか・・・みんなの中に特別な気持が生まれていたようで、誰からともなく、
最後のセレブレーションディナーの席で話題になった。ある人はビーチで火を焚こう、ある人はゲスト
ロッジで歌い明かそうなどなど。結局、夜が更けるまではゲストロッジ前にあるコートでルール滅茶
苦茶のバレーボール大会となった。みんな裸足で、砂場を転がりながらともかくよく遊んだ。近くで
遊んでいた子供達も混じり大はしゃぎ。1週間前なんとなく構えながら自己紹介をし合った仲間。
みんな眉間のしわが取れて、瞳をきらきらさせながら遊んでいる。大きな声で歓声をあげながら。
夜毎に、皆オープンになっりそれぞれに今回の体験週間の諸々を潜り抜けて、最後にそんな自分達を
それぞれが楽しんでいるようだった。

<お別れの日>

土曜日の朝を迎えた。これでいよいよ仲間達ともばらばらになる。本当に寂しかった。すでに家族
同様になった仲間達は、お互いに別れを惜しむかのようにロッジの片付けと掃除を共にし、買い物
をして、ランチも一緒に食べた。午後2時頃まで会話は途切れなかった。どうやって終わらせるの
がいいのだろう、と思っていた矢先にマーガレットが「そろそろ、チューンアウトしよっか。」と
言い出した。

既に何人かは朝早くに旅立っていたので残っていた9人がいつものように手をつなぎ、マーガレット
のリードで短い瞑想をした。そしてチューンアウト。なんだか、すっきりして終わりを迎えられた。
「じゃ、またね~」とハグしてそれぞれの日常へ散って行く。また、どこかで一緒にチューンイン
出来るといいなあと思いながら。

<まとめ>

すでに、書いて来たように今回の私の体験週間は大きな一つの節目となった。

体と同じように、時には心の手術も必要だと思う。これまでは、頭で判断したことで事が足りていた
が、どうもそれでは上手く行かなくなって来た・・・あるいは、自分でもどうしてこうなってしまう
のか分からないというような感情の波、行動パターンが現れたら「手術時」だと思う。もちろん、人
それぞれの出会いや方法論があるかもしれない。私にとってはフィンドホーンでの体験週間はまさに
その手術であり、そしてそれは見事に成功したようだ。

私が今回の体験を通して感じたのは、フィンドホーンは答えをくれる所ではないということだ。
つまり、そこには「正しい答え」が用意されているのではなく「場」が用意されていると言うこと。
手術台と道具があるだけで、ドクターは自分自身なのだ。愛情深い、ユーモアたっぷりのエンジェル
がアシスタントなのがフィンドホーンの愛すべきところかもしれない。それゆえに同じ時間と空間を
共有していながらも、一人一人の体験と得られる答えはきっとそれぞれに違うものだと思う。

帰国後まもなく、仲間が立ち上げたグループサイト“Love Angels”(バイク乗りのサイトのようだ
けど)では、シェアリングが続いた。戻った直後はミーティングルームさながらの深いシェアリング
も交わされたが、現在は皆それぞれに体験週間を消化したようだ。「その後」の日常がこれまでより
もリラックスしたものになったのは、どうやら私だけではないらしい。
(文中のグループメンバーの名前は守秘義務もありますので仮名としました。それ以外は実名です。)

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